上司の責任

金融庁が発表した「老後に必要な貯金2,000万円」が話題になっています。
この際、政党や立場は置いておいて、私が感じたことを述べます。

「2,000万円」という事をどういうつもりで言ったのかは分かりませんが、「こういう言い方をしたら、国民がどう感じるか」を想像する力が欠如している(今回だけではないが)と言わざるを得ないでしょう。どんなに正しいことを言っても伝わらなければ意味がないわけで。

その後、今日まで様々な報道がされていますが、最も驚いたことは「政府のスタンスと違うから、担当大臣として報告書は受け取らない。」としたことです。

金融庁がなぜこの報告書を作ったのか。
庁内で勝手に始めたこと?目的もなく報告書を作った?…それは考えにくく、何かの意図があって作ったのだと推測します。

部下が、何かに対して問題意識を持って、自分なりに考えて取り組んだ。しかしやり方が悪く、そのことでお客様からクレームを受けた。

こんな時、「私が責任を取る」と言って、一緒に頭を下げてくれるのが上司ではないでしょうか。もちろん、失敗をした部下とは失敗の原因を話し合い、再発しないよう徹底的に向き合います。しかし今の状況は、「部下がやったことだから俺(上司)には責任がないし、見もしない。」と言って、国民の前に晒されている部下を放置しているように見えます…

こうなったら、人はどうなるか。
「もう、余計なことはしません。言われた事しかやりません。」となってしまわないか、果ては「改革なんて考えず、上司(政府)のスタンスに合うことだけをやるようにします。」となってしまわないか危惧しています。それは、国民にとっての不幸であるからに他なりません。
ふと、こんな状況の中から「忖度」って生まれてくるんじゃないか、とさえ思いました。

もう一つ危惧しているのは、多くの野党議員は報告書と政府への批判を繰り返し、与党は起きたことに対し真正面から話そうとしない、という状況。
大切なのは、老後2,000万円が本当に必要なのか。もし必要ならば、そうならない為に政治は何をしなくてはならないのかを議論し、国民に示し、将来不安を軽減させるために議論を尽くすということが大事なのに、それどころか個人を責めたり、知らんぷりしたり、国民が求めている姿が殆ど見えてこないということです。

金額は別としても、多くの現役世代が年金制度に対して不安を抱えているのは事実です。
批判合戦はほどほどにして、年金制度が抱えている問題を解決するために、その力を持っている人達は真剣に向き合って欲しいと思います。