肌色の色鉛筆

以前、ここに人種差別について書いたことがあります。
アメリカで起きた警官による黒人男性殺害のニュースが連日報道されていた時でした。このことも書きましたが、私は人種差別を受けた側としての経験があります。理屈ではない、差別された側の感情というものがあり、このテーマについては強い想いがあります。
しかし、たまたま目にしたネットニュースで自分の至らなさにハッとしました。

プロ野球で活躍されているオコエ選手の妹さんに関するもの。
「子供の頃に、肌色の色鉛筆があること、親の顔を描くのが一番つらかった。人を肌色で描いてくださいっていうのが…」という彼女の記事を読み言葉を失いました。自分は人種差別経験者であり、それ以来は誰よりもそうした壁は無い部類の一人と自覚していたし、自分の子どもにもそう教えてきたつもりでしたが、「肌色の鉛筆」は正直考えたことがなく、自分の想いの至らなさに愕然としました。

オコエさんはお父様がナイジェリア出身で、お母様が日本人。今でこそ珍しいことではないにしろ、単一民族の歴史が長い日本にとっては、まだまだその根底には差別が解決されているとは言えません。肌の色に限らず、同じアジア人であってもそうなのですから。

「肌色」ということに疑問を持っていなかった私ですから、差別を受けている人から見れば差別している人と同類に見られるでしょうし、もしかしたら自分の意識外に誰かを傷つけてきてしまったかも知れません。そう思うと、悲しく情けない気持ちになります。自分もまだまだ全てを理解するには至っていませんが、せめて理解しようと思える自分でいなければならないと強く心に誓いました。