児童虐待

「勝つと分かる相手には絶対に手を上げるな」
子どもの頃、体の大きかった私は、いつも父にそう言われ、それは障害者、お年寄り、女性、そして妹のことだと理解して育ってきました。

愛されるべき親からの暴力により、またしても尊い命が犠牲になりました。
丁度発行した活動報告書で児童虐待について触れたのですが、その記事は目黒区でおきた事件を受けて昨年秋に書いたものでしたが、不幸なことにタイムリーなテーマになってしまいました。
更に今回の事件は、児相・教育委員会の対応が明らかになるにつれ、到底理解のできないミスや対応が分かってきています。心愛ちゃんが藁をもすがる思いで書いたであろうSOSを加害者に渡すという行為は、理由があろうが無かろうが言語道断であり、かすかな光、最後の希望を断ち切られた心愛ちゃんはどんな気持ちであったか。想像しただけで胸が苦しくなります。

■対応職員 2つのこと。
昨年秋に、地元にある児童相談所を訪問し、制度や環境、子ども達のことなどを伺ってきました。そこで受け入れる側の問題として2つのことが必要ではないかと考えています。
それは、人数や体制を言い訳にするということではありません。しかし現状を責めるだけでは解決しません。

1つは、職員数の増員。1人の担当者が90件以上もケースを抱えている現状。虐待(疑いも含む)の通報が年間280件(立川市 28年度)ある中で、通報を受けてから48時間以内に訪問する、というルールを遂行するだけでも相当な労力を要します。担当者を増員することに加え、関係機関との連携を強化して役割を明確化することでカバーできる分野や手分けできる範囲が広がることも考えられます。

しかし物理的に人数を現状の2倍、3倍にするには財政面でも越えなければならないハードルがあることも事実です。そこで2つ目として、「中身を変える」です。
役所の職員が担当している現行のシステムを改め、専門的な知識や経験を持った専門職員へ変えていくことは有用だと考えます。行政の職員は基本的に数年スパンで配置替えが行われますが、虐待を担当する部署の職員も同様に数年に一度の配置替えの中に組み込まれています。個人の能力に頼るだけでなく、こうした専門性や豊富な経験が求められる分野については、通常の行政職員ではなく専門職員が担うことを考えて行かなくてはなりません。

■行政の仕組み
最後に行政全体の仕組みを変える必要性についてです。
虐待が起きた時の対応にあわせ、起こさない為に何が出来るのか。「虐待」には、貧困・障がい・成育環境などの要因が関係しているケースがあることは明らかになっています。その為にも、考えられる要因を個別に切り離して考えるのではなく、行政全体で横断的に共有し教育と福祉を繋げる仕組みが必要です。

我が家にも心愛ちゃんと同世代の娘が居ます。言葉にできない思いです。
でも、可哀そうだ、誰が悪いんだ、というだけでなく、「今」をベターにしていくために、その方法を考えて実現することが政治の役割です。心愛ちゃんの死を無駄にしないためにも、立川から変えていく気概を持って取り組みます。